多様な人材(難民雇用含む)雇用で生じる現場の疑問・不安への向き合い方:ケーススタディと実践的対応
インクルーシブ雇用推進における現場の懸念と適切な対応の重要性
インクルーシブな職場環境の実現は、現代企業における重要な経営戦略およびCSR活動の一環となっています。特に、難民を含む多様なバックグラウンドを持つ人材の雇用は、新たな視点やスキルを組織にもたらし、イノベーションや競争力強化に繋がる可能性を秘めています。
しかし、この取り組みを進めるにあたり、現場の既存従業員の方々から様々な疑問や不安が生じることは避けられません。例えば、「新しい人材の教育に時間がかかるのではないか」「コミュニケーションは円滑に進むのだろうか」「評価や昇進に影響はないか」といった声が聞かれることがあります。これらの懸念に対し、人事部やCSR推進担当者が適切に向き合い、解消していくことは、インクルーシブ雇用を単なる理念で終わらせず、現場レベルで成功させるために極めて重要です。
本記事では、インクルーシブ雇用、特に難民雇用を進める際に現場で生じうる具体的な懸念事項を整理し、それらに対する人事・CSR担当者が取るべき基本的な姿勢と、具体的な対応策およびコミュニケーション手法について、ケーススタディを交えながら解説いたします。
現場従業員から生じうる具体的な懸念事項
インクルーシブ雇用を推進する際に、現場の従業員から寄せられる可能性のある主な懸念は多岐にわたります。これらを理解することが、適切な対応の第一歩となります。
- 業務負担の増加への不安: 新しい人材、特に言語や文化が異なる人材への教育やサポートには、既存従業員の時間や労力が追加で必要になると感じられる場合があります。特に、OJT担当者となる従業員は、自身の通常業務と並行してのサポートに負担を感じる可能性があります。
- コミュニケーションに対する不安: 言語の壁や非言語コミュニケーションの違いから、円滑な意思疎通ができるか、業務指示が正確に伝わるかといった不安が生じます。誤解や認識の齟齬が、業務の遅延やミスの原因になることを懸念する声もあります。
- 公平性や評価に関する疑問: 新しい採用基準や入社プロセス、あるいは配属後のサポート体制について、既存従業員との間で公平性が保たれているのか、自身の評価や昇進に不利になるのではないかといった疑問や懸念が生じることがあります。
- 安全面や文化的な摩擦への懸念: 文化的な背景や習慣の違いから、職場でのマナーや安全に関する認識に違いが生じ、予期せぬトラブルが発生するのではないかという懸念を持つ従業員もいます。
- インクルーシブ雇用推進の目的への疑問: なぜ特定のバックグラウンドを持つ人材(例えば難民)を優先的に雇用するのか、その理由や企業の真意が不明確な場合、目的への疑問や不信感に繋がる可能性があります。
これらの懸念は、多くの場合、情報不足や未知への不安から生じます。誠実かつ具体的な情報提供と、現場の声を丁寧に聞き取る姿勢が求められます。
人事・CSR担当者が取るべき基本的な姿勢
現場の懸念に対し、人事・CSR担当者は以下の基本的な姿勢を持って臨むことが重要です。
- 傾聴と共感: 寄せられた懸念に対し、頭ごなしに否定するのではなく、まずは従業員の立場に立って丁寧に耳を傾け、彼らの不安や疑問に共感する姿勢を示します。
- 透明性と誠実な情報提供: 企業のインクルーシブ雇用に関する方針、目的、具体的な計画、そして難民雇用の場合における在留資格や法的な側面など、開示できる情報は正直かつ分かりやすく伝えます。不明な点については、確認して後日回答するなど、誠実な対応を心がけます。
- 一方的な「理解要求」ではなく、「共に創る」意識: 従業員に一方的に「多様性を理解しろ」と求めるのではなく、「多様な人材と共に働くことで、組織はどのように成長できるのか」「皆でどのような職場を創っていきたいのか」といった、未来志向の対話を促します。
- 早期かつ継続的な対話: インクルーシブ雇用の計画段階から、現場の管理職や従業員と対話を開始し、懸念を早期に把握し対応を検討します。採用後も定期的な対話の機会を持ち、変化や新たな課題に対応します。
具体的な対応策とコミュニケーション実践
現場で生じうる個別の懸念に対し、以下のような具体的な対応策とコミュニケーションを組み合わせることで、懸念を解消し、協力を得ることに繋がります。
業務負担の増加への不安に対する対応
- OJT担当者への手厚いサポート: OJT担当者に任命された従業員に対し、通常の業務量調整、追加的な手当や評価への反映、指導方法に関する研修提供など、具体的な支援策を講じます。
- サポーター制度の導入: 難民従業員に対し、業務だけでなく日々の生活や文化的な側面の相談に乗るメンターやバディ制度を導入し、特定の従業員に負担が集中しないようにします。
- 業務マニュアルの多言語化・視覚化: 図や写真、イラストなどを活用し、言語能力に関わらず理解しやすいマニュアルを作成します。主要言語以外への翻訳も検討します。
コミュニケーションに対する不安への対応
- 基本的な会話フレーズ集や翻訳ツールの提供: 業務で頻繁に使うフレーズをまとめたシートを作成・配布したり、スマートフォンアプリなどの翻訳ツールの活用を推奨・支援したりします。
- 日本語学習支援: 業務時間内に簡単な日本語教室を実施したり、外部の日本語教育機関と連携したりするなど、難民従業員の日本語能力向上を支援します。これは長期的なコミュニケーション円滑化に繋がります。
- 非言語コミュニケーションに関する研修: 異文化理解研修の一環として、言葉以外でのコミュニケーション(ジェスチャー、表情、声のトーンなど)に関する文化差を学ぶ機会を設けます。
- 「ランゲージ・バディ」制度: 言語学習を目的とした、既存従業員と難民従業員とのペアリング制度を導入し、自然な交流と語学力向上を促進します。
公平性や評価に関する疑問への対応
- 評価基準の明確化と説明: 多様な人材を含む全ての従業員に対し、公平な評価基準や目標設定のプロセスを丁寧に説明します。難民従業員の評価において、日本語能力だけでなく、業務遂行能力やチームへの貢献といった多角的な視点で評価する方針を示します。
- インクルーシブな視点での評価者研修: 管理職に対し、多様なバックグラウンドを持つ部下を公平に評価するための研修を実施し、アンコンシャス・バイアスに配慮した評価ができるようにします。
安全面や文化的な摩擦への懸念への対応
- 異文化理解研修: 難民従業員の出身国の文化や習慣について学ぶ機会を設け、相互理解を促進します。一方的に理解を求めるのではなく、日本の職場の文化やルールについても丁寧に伝えます。
- 相談窓口の設置と周知: 従業員が文化的な違いやその他の理由で懸念やトラブルに直面した場合に、安心して相談できる窓口(人事部、外部機関など)を設置し、その存在を周知徹底します。
- 明確なハラスメント防止規定と周知: 人種、国籍、文化などを理由とした差別やハラスメントは一切容認しないことを明確に規定し、全従業員に周知します。
インクルーシブ雇用推進の目的への疑問への対応
- CSR/CSV戦略との関連説明: 企業のCSR活動や共通価値創造(CSV)戦略において、多様な人材活用、特に難民雇用がどのような位置づけにあるのか、社会課題解決にどのように貢献するのかを具体的に説明します。
- 企業にとってのメリット伝達: インクルーシブなチームがもたらすイノベーション、多様な顧客ニーズへの対応力向上、企業ブランド向上といった、ビジネス上のメリットについても具体的な事例(自社または他社)を交えて伝えます。
- 難民の状況に関する正しい情報の提供: 難民を取り巻く現状や、彼らが持つスキル、経験、そして日本で働くことへの高い意欲など、正確な情報を提供し、漠然としたイメージや偏見を払拭します。
ケーススタディに学ぶ実践例
ケーススタディ1:製造業A社におけるOJT負担軽減とコミュニケーション円滑化
A社では、シリア出身の難民を複数名、製造ラインで雇用しました。現場からは「業務を教えるのが大変」「言葉が通じにくい」といった懸念が出ました。人事部はこれに対し、以下の対策を実施しました。
- OJT担当者には、担当期間中の業務量を1割削減。
- 多言語対応のスマートフォン翻訳機を複数台購入し、現場に配置。
- 業務指示で頻繁に使用する単語や簡単な指示をイラスト付きのカードにし、配布。
- 週に1回、日本語が得意な従業員が有志で集まり、終業後に簡単な日本語会話クラスを開催。
これらの施策の結果、OJT担当者の負担感は軽減され、日常業務におけるコミュニケーションの大きな障害は減少しました。難民従業員側も、安心して業務に取り組めるようになり、定着率向上に繋がりました。
ケーススタディ2:ITサービス業B社における評価と文化理解の促進
B社は、アフリカ複数国出身の難民ITエンジニアを雇用しました。既存エンジニアからは「評価基準がどうなるのか」「文化的な背景が異なる人とのチームワークは可能か」といった声が上がりました。
- 人事部は、評価制度の説明会を開催し、言語能力だけでなくコードの品質、問題解決能力、チーム貢献度など、多角的な視点で評価すること、そして全従業員に共通の目標設定フレームワークを適用することを明確に説明しました。
- 管理職向けに、 unconscious bias(無意識の偏見)に関する研修と、多様なバックグラウンドを持つ部下のマネジメントに関するワークショップを実施。
- 全社的に異文化理解ワークショップを実施。参加者が自身の文化的な前提を認識し、異なる文化への理解を深めるためのプログラムを提供しました。
- 異なるバックグラウンドを持つメンバーで構成されるクロスファンクショナルチームを意図的に組み、協働による成功体験を積む機会を創出。
これらの取り組みにより、評価に対する不公平感は軽減され、チーム内での相互理解と協働が進み、多様な視点を取り入れた新しいサービス開発にも繋がりました。
成果と示唆
現場の懸念に真摯に向き合い、具体的な対応策とコミュニケーションを継続的に実施することは、インクルーシブ雇用、特に難民雇用の成功に不可欠です。これにより、以下のような成果が期待できます。
- 従業員のエンゲージメント向上: 企業が従業員の懸念を真剣に聞き、対応することで、従業員の企業への信頼感とエンゲージメントが高まります。
- 定着率の向上: 現場での受け入れ体制が整い、働きやすい環境が実現することで、新規雇用者だけでなく、既存従業員の定着率も向上する可能性があります。
- チームワークの強化: 異文化理解と相互支援の仕組みが構築されることで、多様なメンバー間のチームワークが強化され、生産性や創造性の向上に繋がります。
- インクルーシブな組織文化の醸成: 組織全体で多様性を尊重し、受け入れる文化が根付きます。
人事・CSR担当者は、単なる採用プロセスや制度設計だけでなく、現場の「人」に寄り添い、彼らの疑問や不安を解消する「ファシリテーター」としての役割を果たすことが求められます。継続的な対話と、現場のニーズに応じた柔軟なサポートこそが、インクルーシブ雇用を成功に導く鍵となります。
まとめ
インクルーシブ雇用、特に難民雇用は、企業に多くのメリットをもたらす一方で、現場従業員からの懸念や不安は避けられない現実です。これらの懸念は、取り組みの障壁となる可能性もあれば、適切に対応することで組織文化を一層強固にする機会にもなり得ます。
人事部やCSR推進担当者は、現場の声を丁寧に聞き取り、透明性の高い情報提供と、業務負担軽減、コミュニケーション支援、公平な評価、異文化理解促進といった具体的な対策を講じることが不可欠です。そして、これらの取り組みを通じて、多様なバックグラウンドを持つ全ての人材が、安心して能力を発揮できる真にインクルーシブな職場環境を、現場と共に創り上げていく姿勢が求められます。本記事で述べた事例や対応策が、読者の皆様のインクルーシブ雇用推進における実践の一助となれば幸いです。