インクルーシブ雇用を現場で成功させる:人事部と受け入れ部署の連携と実践的サポート体制構築
インクルーシブ雇用における現場の役割と人事部との連携の重要性
企業が多様な人材、特に難民の方々を迎え入れ、インクルーシブな職場を構築する上で、人事部主導での採用活動はもちろん重要です。しかし、彼らが企業文化に適応し、能力を最大限に発揮し、組織の一員として定着するためには、実際に共に働く現場部署の理解と協力が不可欠となります。人事部と現場部署が密接に連携し、具体的なサポート体制を構築することが、インクルーシブ雇用の成功の鍵を握ります。
人事部だけが多様な人材に関する知識やノウハウを持っていても、日々の業務を共に進める現場の社員が受け入れに不安を感じたり、具体的なサポート方法が分からなかったりする場合、採用した人材が孤立したり、早期離職につながったりするリスクが高まります。現場の社員は、その部署の業務内容や社内文化、人間関係に関する深い理解を持っています。この現場の知見と、人事部が持つ多様な人材受け入れに関する専門的な知識や、社内外の支援機関とのネットワークを組み合わせることで、より実践的かつ効果的な受け入れ体制を構築することが可能になります。
人事部と現場部署の連携を促進する具体的なステップ
インクルーシブ雇用を現場で円滑に進めるためには、計画的かつ継続的な連携が求められます。以下に、その具体的なステップを示します。
1. 共通理解の醸成と目的の共有
- インクルーシブ雇用の意義と目的の共有: 人事部は、なぜ企業が多様な人材を雇用するのか、その目的(例:CSR推進、人材不足解消、組織の多様性向上によるイノベーション促進)を受け入れ部署の管理職や社員に分かりやすく説明する必要があります。単なる「お願い」ではなく、企業全体の戦略として位置づけられていることを伝え、彼らがプロジェクトの一員であるという意識を醸成します。
- 現場の懸念・不安のヒアリング: 現場が抱える率直な懸念(例:日本語でのコミュニケーション、業務指導の負担、異文化理解、他の社員への影響など)を丁寧に聞き取ります。これらの懸念に対して、人事部としてどのようなサポートができるのかを具体的に提示し、不安を軽減することが重要です。
2. 採用計画段階からの情報共有
- 求める人物像と配属先のすり合わせ: どのようなスキルや経験を持つ人材を求めているのか、受け入れ部署のニーズを事前に詳細にヒアリングします。配属を想定する部署の業務内容、必要なスキルレベル、職場の雰囲気などを具体的に共有し、採用候補者とのミスマッチを防ぎます。
- 候補者情報の共有(同意を得た上で): 採用活動の進捗や、選考段階で把握できた候補者のスキル、経験、日本語能力、文化的な背景、特別な配慮が必要な点など、配属予定の部署に必要な情報を共有します。これにより、現場は受け入れに向けた具体的な準備を進めることができます。
3. 受け入れ準備と役割分担の明確化
- 業務内容の具体化と指導計画の策定: 受け入れる人材に任せる業務内容を具体的に決定し、必要なスキルや知識、指導方法について現場と共に検討します。誰が指導を担当するのか、どのようなペースで業務を習得してもらうのかなど、具体的な指導計画を策定します。
- 現場担当者への情報提供と研修: 指導担当者やメンターとなる社員に対し、多様な人材の受け入れに関する基本的な知識(例:異文化理解、簡易日本語でのコミュニケーション方法、ハラスメント防止)を提供する研修を実施します。必要に応じて、過去の受け入れ事例や成功要因などの情報も共有します。
- サポート体制の設計: メンター制度やバディ制度を導入するか、誰がどのような役割を担うのかなど、現場での具体的なサポート体制を設計し、関係者間で共有します。人事部の担当者と現場の管理職との間の報告・連絡・相談のルートも明確にします。
4. 受け入れ開始後の継続的なサポートと情報交換
- 入社初期の丁寧なフォロー: 入社直後は、現場の管理職だけでなく、人事部担当者も定期的に本人や現場の管理職と面談を実施し、状況を把握します。業務の進捗、職場への適応度、困っていることなどを丁寧に聞き取ります。
- 定期的な情報交換会の実施: 人事部と受け入れ部署の管理職、指導担当者などが定期的に集まり、情報交換会を実施します。成功事例や課題、改善点などを共有し、より良いサポート方法を検討します。
- 専門機関との連携サポート: 必要に応じて、外部の専門機関(日本語教室、メンタルヘルス支援機関、難民支援団体など)との連携を人事部がサポートします。現場だけでは対応が難しい問題について、適切な支援を受けられるように調整します。
- 現場社員への配慮: 多様な人材の受け入れによって、現場社員の業務負担が増加したり、精神的な負担を感じたりする場合もあります。人事部は、現場社員の状況も把握し、必要に応じて業務の見直しや追加の人員配置、相談窓口の設置など、適切なサポートを検討・実施します。
現場での実践的なサポート体制構築のポイント
現場部署では、以下の点を意識して具体的なサポート体制を構築することが有効です。
- コミュニケーションの工夫:
- 「やさしい日本語」や視覚情報(図、写真、ジェスチャー)を活用した指示・説明を心がける。
- 翻訳アプリや多言語対応ツールを必要に応じて活用する。
- 一方的な指示だけでなく、相手が理解しているか確認しながら対話を進める。
- 業務に関すること以外でも、休憩時間などに積極的に話しかけ、心理的な距離を縮める。
- メンター・バディ制度:
- 年齢や性別、国籍に関わらず、話しやすく信頼できる既存社員をメンターやバディに任命する。
- メンター/バディには、業務指導だけでなく、社内ルール、休憩の取り方、福利厚生の利用方法など、基本的な情報の伝達や、ちょっとした相談に乗る役割を担ってもらう。
- メンター/バディには、その役割に対する評価や手当など、適切なインセンティブを検討する。
- 業務指示の具体化:
- 抽象的な指示ではなく、「〇〇を△△の棚に戻す」「この書類を□□さんに渡す」など、具体的な行動レベルで指示を出す。
- マニュアルがある場合は、多言語化やイラスト化を検討する。
- 一度に多くの指示を出さず、一つずつ確認しながら進める。
- 定期的なフィードバックと評価:
- 業務の進捗や習熟度について、定期的かつ具体的にフィードバックを行います。良い点は具体的に褒め、改善点は明確に伝えます。
- 評価制度においては、文化的な背景や日本語能力の習熟度を考慮しつつ、本人の努力や成長を適切に評価できる仕組みを検討します。
- 社内イベントへの参加促進:
- 歓迎会、懇親会、社員旅行、社内サークル活動など、社内イベントへの参加を促し、他の社員との自然な交流の機会を増やします。文化的な習慣に配慮し、参加は強制しないようにします。
課題と乗り越えるための工夫
課題1:現場社員の負荷増加への懸念
- 工夫: 多様な人材の指導・サポートを担当する現場社員に対し、その貢献度を正当に評価する人事評価制度を導入する。必要に応じて、他の業務の分担を見直したり、チーム全体の業務効率化を図ったりする。指導担当者を社内公募制にし、意欲のある社員に担ってもらうことも有効です。
課題2:コミュニケーションの壁
- 工夫: 企業として日本語学習支援プログラム(外部委託または社内研修)を提供する。業務マニュアルや掲示物の多言語化、イラスト化を進める。社内で多言語対応可能な人材リストを作成し、必要に応じて通訳を依頼できる体制を整える。翻訳アプリの利用を許可し、推奨する。
課題3:異文化間の摩擦
- 工夫: 全従業員を対象とした異文化理解研修を実施し、多様な文化や価値観があることを学び、お互いを尊重する姿勢を醸成する。社内相談窓口を設置し、異文化間のトラブルや誤解について気軽に相談できる体制を整える。人事部や管理職が積極的に間に入り、双方の誤解を解消するサポートを行う。
まとめ
インクルーシブ雇用を成功させ、多様な人材が組織の一員として活躍するためには、人事部と現場部署が一体となった取り組みが不可欠です。人事部は、採用活動や制度設計に加え、現場の懸念に寄り添い、必要な情報や専門知識を提供し、社内外のリソースと連携する役割を担います。一方、現場部署は、日々の業務遂行を通じて、多様な人材の能力を引き出し、組織への定着をサポートする実践的な役割を果たします。
本記事で述べたような具体的な連携ステップや現場でのサポート体制構築、課題への工夫を通じて、企業は多様なバックグラウンドを持つ人々を真に受け入れ、彼らの持つ潜在能力を最大限に活かすことができるようになります。これは、単なるCSR活動に留まらず、組織全体の活力向上、イノベーション促進、そして持続可能な成長へとつながる重要な経営戦略です。人事部と現場が互いの強みを活かし、密接に連携することで、インクルーシブな職場環境の実現に向けた確かな一歩を踏み出すことができるでしょう。