インクルーシブビジネス事例

難民雇用成功の鍵：企業による日本語学習支援と職場コミュニケーション円滑化の実践

難民雇用における言語・コミュニケーションの重要性

多様な人材活用、特に難民雇用を進める上で、言語やコミュニケーションは避けて通れない重要な要素です。日本語能力が不十分な場合、業務の正確な遂行はもちろん、職場の人間関係構築や企業文化への適応において大きな障壁となる可能性があります。これは、難民として日本にたどり着いた方々が、本来持つスキルや経験を十分に発揮することを阻害し、結果として企業側も多様な人材がもたらす潜在的なメリットを享受できなくなるリスクを伴います。

企業のCSR推進担当者や人事担当者の皆様が、難民雇用を成功させ、多様な人材が定着し活躍できるインクルーシブな職場を築くためには、言語の壁に対し戦略的にアプローチすることが不可欠です。本稿では、難民雇用における言語・コミュニケーションの具体的な課題を明らかにし、それらを克服するために企業が取り組むべき日本語習得支援策および職場コミュニケーション円滑化策について、具体的なノウハウと事例を交えてご紹介します。

言語の壁がもたらす職場における具体的な課題

難民従業員の日本語能力レベルは様々ですが、一般的に、日本の職場環境で必要とされる複雑な指示理解、同僚との円滑な意思疎通、非公式な情報交換への参加などは、日常会話レベル以上の日本語能力を要することが多いです。言語の壁は以下のような具体的な課題を引き起こす可能性があります。

• 業務遂行の非効率性・ミス: 業務指示やマニュアルの理解に時間がかかったり、誤解が生じたりすることで、作業効率が低下したり、ミスが発生しやすくなります。
• 職場の孤立と人間関係の構築困難: 周囲との雑談や、休憩時間、ランチタイムでの非公式なコミュニケーションへの参加が難しくなり、孤立感を感じやすくなります。これが、職場への馴染みにくさや定着率低下に繋がる可能性があります。
• 情報共有や研修参加への障壁: 会議での議論への参加、社内連絡事項の理解、スキルアップのための研修受講などが困難になる場合があります。
• 緊急時やトラブル発生時の対応遅延: 突発的な状況やトラブルが発生した場合に、迅速かつ正確な情報伝達ができず、対応が遅れたり、安全に関わる問題に発展したりするリスクがあります。
• キャリアパス形成の困難: 自身のスキルやキャリアに関する希望を上司に伝えたり、昇進・昇格に必要な評価基準を理解したりすることが難しくなる場合があります。

これらの課題は、単に業務効率の問題に留まらず、難民従業員のモチベーション低下や精神的な負担、さらには既存従業員との間に誤解やフラストレーションを生む原因ともなりかねません。

企業が取り組むべき日本語習得支援策

難民従業員の日本語能力向上を支援することは、彼らが職場で活躍するための基盤を作る上で非常に重要です。企業は以下のような様々な方法で支援を実施することが考えられます。

1. 社内での日本語学習機会の提供:

   • レベル別研修: 入社時または定期的に日本語能力を評価し、従業員のレベルに合わせた社内研修を実施します。外部の日本語講師を招いたり、Eラーニングプラットフォームを活用したりする方法があります。
   • 業務特化型日本語学習: 実際の業務で頻繁に使用する専門用語、指示のフレーズ、安全に関わる言葉などに焦点を当てた学習機会を設けます。特定の業務に必要な日本語を習得することで、即効性が期待できます。
   • 社内講師・バディ制度: 日本語能力の高い既存従業員が講師となったり、バディとして日常的な日本語学習をサポートしたりする制度を導入します。互いの理解を深める機会ともなり得ます。
   • 学習時間の確保: 勤務時間の一部を日本語学習に充てることを認めたり、休憩時間や就業前後の学習をサポートしたりすることで、学習の継続を促します。

2. 外部リソースの活用支援:

   • 日本語教室への費用補助: 外部の日本語教室に通う場合の費用を補助します。地域の日本語教室や、難民支援を行っているNPO/NGOが開催する教室など、情報提供も含めて支援します。
   • 公的支援制度の活用: 国や自治体が提供する外国人向けの日本語学習支援プログラムや助成金などの情報を収集し、活用を促します。

これらの支援策を検討する際は、難民従業員一人ひとりの母語、教育背景、日本語学習経験などが異なることを踏まえ、画一的ではない柔軟なアプローチが求められます。

企業が取り組むべき職場コミュニケーション円滑化策

日本語能力の向上には時間がかかるため、並行して職場のコミュニケーションを円滑にするための工夫も不可欠です。

1. ハード面（ツール・環境整備）:

   • 分かりやすいマニュアル作成: 業務手順書や安全指示などを、写真や図を多用したり、複数の言語に翻訳したりして作成します。「やさしい日本語」で記述することも有効です。
   • 翻訳ツール・アプリの導入支援: スマートフォンやタブレットを活用した翻訳ツール・アプリの利用を推奨し、必要な場合は利用方法をサポートします。
   • コミュニケーション補助ツールの活用: 指差しシート、 pictgram（絵文字）など、言葉以外の手段で意思疎通を助けるツールを導入します。

2. ソフト面（意識改革・制度構築）:

   • コミュニケーション研修: 既存従業員向けに、異文化理解や、非母語話者とコミュニケーションを取る際の具体的な方法（例：「やさしい日本語」の使い方、ゆっくり話す、簡単な言葉を選ぶ、確認を怠らないなど）に関する研修を実施します。
   • メンター・バディ制度: 日本語習得支援だけでなく、日常的な会話や職場での困りごと相談に乗るメンターやバディを配置します。心理的なサポートにも繋がり、孤立を防ぎます。
   • 定期的な面談・1on1: 上司や担当者が定期的に面談の機会を設け、業務理解度や職場の状況について確認します。必要に応じて通訳を介在させることも検討します。
   • 部署・チームでの交流促進: ランチ会や簡単なレクリエーションなどを企画し、非公式な場でのコミュニケーション機会を増やします。
   • 多文化共生に向けた啓発活動: 社内報やポスターなどで、多様な文化や背景を持つ人々が共に働くことの意義やメリットを周知し、従業員全体の意識を高めます。

具体的な企業事例に見る実践アプローチ

ここでは、いくつかの企業が実践している具体的なアプローチを事例としてご紹介します。（具体的な企業名ではなく、一般的な取り組みとして記述します）

• 製造業A社: 入社後1ヶ月間、日本語研修を集中的に実施。業務マニュアルは多言語化し、さらに図解を豊富に使用。各部署には日本語サポーターを配置し、日常的な業務指示のフォローや、簡単な会話練習をサポートしています。週に一度、チーム内で「今日覚えた日本語」を発表する時間を設けるなど、楽しみながら学べる工夫も取り入れています。
• サービス業B社: オンライン日本語学習プラットフォームの利用費用を全額補助。従業員が自分のペースで学習できるよう、推奨学習時間も設定しています。また、メンター制度を導入し、先輩社員が業務だけでなく、日本の生活や文化に関する相談にも乗り、全般的な定着をサポートしています。定期的に翻訳アプリの活用講習会も開催しています。
• IT企業C社: 外国籍従業員向けに、業務で使用するIT用語やビジネス日本語に特化した社内研修を実施。チーム内では、タスク管理ツールやチャットツールでのコミュニケーションにおいて、簡潔な表現を心がけ、必要に応じてDeepLなどの翻訳ツールを積極的に活用することを推奨しています。また、多文化理解を深めるための全社向けワークショップを定期的に開催し、お互いを尊重する企業文化を醸成しています。

これらの事例に見られるように、企業の規模や業種、難民従業員の背景に応じて最適な支援策は異なりますが、複数のアプローチを組み合わせ、継続的に実施することが成功の鍵となります。

導入・実践における課題と乗り越え方

日本語習得・コミュニケーション支援を進める上では、いくつかの課題に直面する可能性があります。

• コストとリソースの制約: 外部講師への依頼やツールの導入には費用がかかります。中堅企業においては、既存の従業員がボランティアで協力するバディ制度や、コスト効率の良いEラーニングの活用、そして行政やNPOが提供する無料・低コストの支援プログラムや助成金の活用を検討することが現実的です。
• 効果測定の難しさ: 日本語能力の向上やコミュニケーション円滑化の成果を定量的に測ることは容易ではありません。定着率、業務効率（ミスの削減など）、従業員のエンゲージメント調査、既存従業員へのアンケートなどを複合的に評価指標として活用することが考えられます。
• 既存従業員の理解と協力: 新たな制度やコミュニケーション方法の導入には、既存従業員の理解と協力が不可欠です。インクルーシブな職場環境構築の重要性や、多様な人材を受け入れることのメリットを丁寧に伝え、共通理解を醸成するための研修や説明会を繰り返し行う必要があります。

これらの課題に対し、一方的に支援を提供するのではなく、難民従業員本人の学習意欲を引き出し、既存従業員と共に「共に学ぶ・働く」という意識を育むことが、乗り越えるための重要な視点となります。

成果と示唆

言語・コミュニケーション支援への積極的な投資は、企業にとって多くの成果をもたらします。

• 難民従業員の業務理解が深まり、生産性向上や業務ミスの削減に繋がります。
• 職場での孤立が解消され、定着率が向上し、採用コストの削減に繋がります。
• 円滑なコミュニケーションはチームワークを強化し、職場の雰囲気や従業員のエンゲージメント向上に貢献します。
• 異なる言語や文化背景を持つ人々が互いを理解し、協力することで、企業文化が豊かになり、多様な視点から新たなアイデアやイノベーションが生まれる土壌が育まれます。

まとめ

難民雇用を含む多様な人材活用を成功させる上で、言語やコミュニケーションの壁を乗り越えるための支援は、単なる福利厚生やコストではなく、企業がインクルーシブな職場を築き、多様な人材のポテンシャルを最大限に引き出すための戦略的な投資です。日本語習得支援と職場コミュニケーション円滑化の両輪で、それぞれの企業の実情に合わせた継続的な取り組みを行うことが、難民従業員の定着と活躍を促進し、結果として企業の持続的な成長と企業価値向上に繋がります。本稿でご紹介したノウハウや事例が、貴社のインクルーシブ雇用推進の一助となれば幸いです。