企業が難民雇用を進める際の行政手続きと必要書類:担当者がスムーズに進めるための実践ガイド
はじめに
近年、企業のCSR活動や多様な人材活用の一環として、難民の方々の雇用を検討する動きが広がっています。難民雇用は、社会貢献に繋がるだけでなく、組織のダイバーシティを推進し、新たな視点やスキルをもたらす可能性を秘めています。しかし、いざ雇用を進める段階になると、日本特有の行政手続きや必要書類の準備に複雑さを感じ、担当者の方がどのように進めてよいか迷われるケースも少なくありません。
本記事では、中堅企業の人事部やCSR推進担当者の方々が、難民雇用における行政手続きをスムーズに進めるために知っておくべき基本的なステップ、必要書類、そして留意点について、実践的な視点から解説します。
難民雇用における行政手続きの全体像
難民の方を雇用する際、基本的な手続きの流れは日本人や通常の外国人材を雇用する場合と共通する部分も多いですが、在留資格や労働許可に関わる確認が特に重要となります。大まかな流れは以下のようになります。
- 採用決定: 面接等を経て、難民の方の採用を決定します。
- 在留資格と労働可否の確認: 採用候補者の現在の在留資格を確認し、日本国内での就労が可能か、どのような条件(職種や時間など)で働くことができるかを確認します。
- 雇用契約の締結: 労働基準法に基づいた雇用契約を締結します。
- 行政への届出・申請: ハローワークへの届出、必要に応じて入国管理局への申請等を行います。
- 社会保険・労働保険の手続き: 雇用保険、健康保険、厚生年金保険、労災保険の手続きを行います。
この中で、特に担当者の方が注意を払うべきは「2. 在留資格と労働可否の確認」と「4. 行政への届出・申請」に関連する部分です。
主な在留資格と労働可否
難民として日本に滞在している方々が持つ可能性のある在留資格はいくつかあります。すべての在留資格で就労が無制限に認められているわけではありません。主なものを挙げます。
- 「難民認定」を受けた方: 「定住者」やその他の在留資格が付与されている場合が多く、原則として就労に制限はありません。
- 「難民認定申請中」の方: 一定の要件(例:難民申請から6ヶ月経過、人道上の配慮)を満たせば、「特定活動」の在留資格が付与され、「資格外活動許可」を得ることで週28時間以内の就労が可能となる場合があります。しかし、原則として就労は認められていませんので、必ず資格外活動許可の有無と内容を確認する必要があります。
- 「補完的保護対象者」または「補完的保護対象者認定申請中」の方: 「特定活動」の在留資格が付与される場合があり、それぞれ就労の可否や範囲が異なります。
- その他の在留資格: 日本人の配偶者等、永住者、定住者など、難民背景を持ちつつも他の在留資格で滞在している方もいらっしゃいます。これらの在留資格では、多くの場合、就労に制限はありませんが、必ず在留カードを確認し、活動内容に制限がないかを確認してください。
重要: 雇用しようとする方が持っている在留カードを確認し、「就労制限の有無」欄や、許可されている活動内容を必ず確認してください。また、「資格外活動許可書」を持っている場合は、その内容(就労先、職種、時間などの制限)も確認が必要です。不明な点があれば、必ず最寄りのハローワークや地方出入国在留管理官署(旧入国管理局)に問い合わせてください。不法就労助長罪に問われるリスクを避けるため、この確認は徹底して行う必要があります。
雇用手続きにおける主な必要書類
難民の方を雇用する際に企業側が準備・確認すべき代表的な書類は以下の通りです。
企業側が準備する書類:
- 雇用契約書(労働条件通知書): 労働条件を明記したもの。労働基準法に準拠している必要があります。
- 会社の登記簿謄本(履歴事項全部証明書): 企業の存在を示す書類。
- (場合による)会社案内、事業内容が分かる資料: 企業の事業実態を説明する書類。特に、雇用する方の在留資格に関連して就労内容や企業規模が問われる場合に必要となることがあります。
雇用される方(難民の方)に確認・提出を依頼する可能性のある書類:
- 在留カード: 日本での在留資格、在留期間、就労制限の有無などが記載された最も重要な身分証明書です。必ず提示を求め、記載内容を確認してください。
- パスポート: 身元確認や国籍を示す書類。
- 資格外活動許可書: 在留カードに「就労不可」等の記載がある場合でも、別途資格外活動許可を得ていれば就労が可能です。この許可書に記載された範囲でのみ就労が認められます。
- 履歴書、職務経歴書: 経験やスキルを把握するために必要です。言語やフォーマットに配慮が必要な場合があります。
- 学歴・職歴を証明する書類: 本国での卒業証明書や職歴証明書など。ただし、取得が困難な場合が多いため、代替手段(本人の申告内容の丁寧な確認など)を検討する必要があります。
- 国民識別番号、社会保障番号など(本国で発行されている場合): 該当する場合に確認が必要なことがあります。
行政機関への届出・申請
1. ハローワークへの届出
外国人労働者(特別永住者等を除く)を雇用した場合、企業は氏名、在留資格、在留期間などを確認し、ハローワークに「外国人雇用状況届出」を行う義務があります。これは雇用対策法に基づき、雇い入れまたは離職の際に、対象となる外国人の方全てについて行う必要があります。
2. 地方出入国在留管理官署への申請(場合による)
- 在留資格変更許可申請: 例えば、「特定活動」(難民申請中・就労不可)から就労可能な在留資格へ変更する場合などに必要となります。
- 在留期間更新許可申請: 在留期間満了後も引き続き雇用する場合に必要となります。
- 資格外活動許可申請: 在留資格によっては原則就労不可でも、個別に許可を得ることで就労が可能となる場合があります。週28時間以内など、活動内容に制限が付されることが一般的です。
これらの申請は、原則として雇用される方本人が行いますが、企業側が申請をサポートしたり、必要書類の準備を協力したりすることが円滑な手続きのために重要となります。
3. 社会保険・労働保険の手続き
他の従業員と同様に、雇用保険、健康保険、厚生年金保険、労災保険の手続きが必要です。ハローワーク(雇用保険)、年金事務所(厚生年金保険、健康保険)、労働基準監督署(労災保険)で行います。
手続きにおける課題と解決策
行政手続きや必要書類の準備において、企業が直面しやすい課題と、それに対する解決策を以下に示します。
- 課題1:書類収集の難しさ
本国情勢により、難民の方が必要書類(卒業証明書、職歴証明書など)を本国から取り寄せるのが非常に困難な場合があります。
- 解決策: 必要不可欠な書類(在留カード、パスポートなど)以外については、代替手段(詳細な面談による申告内容の確認、自己申告書の提出など)で対応できないか検討する。重要なのは、在留資格に基づく労働可否の確認に必要な書類が揃っていることです。
- 課題2:手続きの複雑さ、情報不足
在留資格の種類や手続きの詳細は複雑で、担当者が理解するのに時間がかかることがあります。
- 解決策: 最寄りのハローワークや地方出入国在留管理官署の担当窓口に積極的に問い合わせる。オンラインでの情報収集だけでなく、直接相談することで最新かつ正確な情報を得られます。
- 課題3:言語の壁
難民の方とのコミュニケーションや、外国語で書かれた書類の確認に言語の壁が生じることがあります。
- 解決策: 難民支援団体や行政の多言語サポートサービスを利用する。翻訳ツールを活用する。社内に多言語対応可能な従業員がいれば協力を仰ぐ。
- 課題4:手続き期間の予測困難性
申請から許可が下りるまでの期間が読みにくく、雇用開始時期の計画に影響が出ることがあります。
- 解決策: 手続きには一定の期間を要することを考慮し、余裕を持ったスケジュールで計画を立てる。申請状況については、適宜、担当の行政機関に確認する。
外部機関との連携の重要性
難民雇用に関する行政手続きを円滑に進めるためには、自社だけで全てを抱え込まず、外部の専門機関や支援団体と積極的に連携することが非常に有効です。
- 地方出入国在留管理官署(旧入国管理局): 在留資格や各種許可申請に関する公式な情報提供元です。不明点は必ず直接確認することが最も確実です。
- ハローワーク: 外国人雇用に関する届出や、就労可能な外国人材に関する情報を提供しています。
- 弁護士・行政書士: 在留資格に関する専門家です。複雑なケースや申請代理が必要な場合に相談できます。
- 難民支援団体: 難民の方の状況に詳しく、行政手続きに関する情報提供や、本人とのコミュニケーションサポート、書類準備の支援など、多岐にわたるサポートを提供しています。企業と難民の方の橋渡し役としても重要な存在です。
これらの外部機関と連携することで、正確な情報を得ながら、手続きの負担を軽減し、よりスムーズに難民雇用を進めることが可能になります。
まとめ
難民雇用における行政手続きと必要書類の対応は、多くの企業担当者にとって初めての経験となる可能性があり、その複雑さからハードルに感じられることもあるかもしれません。しかし、必要となる基本的な知識(特に在留資格と労働可否の確認)を把握し、計画的に準備を進めることで、スムーズに対応することは十分に可能です。
本記事で解説したポイント(在留カードでの労働可否確認、主な必要書類の把握、行政への正確な届出・申請、そして外部機関との連携)を参考に、一つずつ丁寧に進めていただければ幸いです。難民の方々が日本で安心して働き、その能力を発揮できる環境を企業が整えることは、インクルーシブな社会の実現に貢献する重要な一歩となります。